私の天秤の上、全部いっしょくた

「こたにな々 日記帳」 文から何も気付かなくていい、それだけが私の願い。

(「まだ、もうちょっと。」) 2009.09.15 03:04

 

 

ぐじけそう挫けそうになる


まだちょっと、あとちょっと もうちょっと、だけ 、
いきよう。

そんなきもちになる。
簡単に私生 縁を切る方法なんて知らない
まだあきらめたくない。
生きるはいつもイコール。


夕方に地元を歩くように郵便局の窓口に行く。
小学校を追い越して、中学校を通り過ぎて、懸命に通学路を
1ミリも間違えないようにたどる そんなきもちで

なにを思い出すんだろう 
ぼんやりと 自分のなかで時間が経っていないことを
、おもいだす。


治癒中にこっそり、クロワッサンを サックリ食べた あの。
感動のおいしさをもういちど 呼び起こしたくて。
一口だけ、のつもりでパン屋さんにも行った。

 

でもやっぱりいつも 一度め には出会えないようにできてる



帰ってきて、自分の部屋をすごい勢いで大掃除をはじめた。
ごみばかりじゃない、溜まりすぎた過去の私の ここは時間のとまった部屋で

なにかしなきゃいけないときは やりきれないその 重い腰で
無理に時間を起こす、

なにも解決しないいつもせっぱがつまって
逃げたくなる。

こざかしい半分も入らない作業。


こわいのだ。

中学、高校の頃からずっと、週末にはすべてを「片付けたい」と
毎週、毎週、おもってた。

今までをセットして、「もう一度。」
おねがい。って 祈るように
いつも「もう一度」が欲しかった。


それ自体に向き合わないと来ないことは 当たり前 なのは知ってたけど。


来ない、
やりきれない日々は
「もう一度」をもう一度 また
願うことができる。

それはあるいみ とても 夢のあることのようにもみえた。



それを今 わたしは「片付けている」


きっと、私はこういうことがしたかったんだ。と
すごい勢いで この頃、あの時、あの頃、あの日々と
対面を果たす。

 

 

「絵が描けない」とおもいこみ、放棄しながらも描いたもの。
今なら、ここをこうして。って責めないで、みれるもんだっておもった。


それからは、
ほんとうに描けなくなっていて。
いるのに無理にもうどうしたらいいのかわからない

 


泣いているのもでてきて、
本当にあの時こうだったんだ。って

 


私はそのときのきもちを第三者として、切なく受けた。