私の天秤の上、全部いっしょくた

「こたにな々 日記帳」 文から何も気付かなくていい、それだけが私の願い。

「あしたがくるなら。(私の12月と1月)」 2010.01.10 03:04

 

おひさしぶりです。こたにななは元気です。
少しずつ、生活をはじめています。
ほんとうにあせらず、できなかったこと、少しずつ、
少しずつ、会いたかった人たちにも会えています。
ほんとうに顔色よく。上下はつけず、
バランスをかんがえ、焦らずに、
まだまだ調子をくずして寝込むこともあり、
本調子までは、完治までは
まだ数年といったところで。

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◆11月の終わり、
外にでることがつらくなってきたので、
バイトをやすませてもらって、大学を休学した。


そっからいっきに崩れるように


◆12月、1月は、とてもつらく、地獄のまいにちだった。
食事療法。なぜか体にはありえない反応がおき続けていて
薬がつかえないので、湿疹はじめ、いろんなものが体からあふれ。
食べても食べても、
栄養をまったく吸収できなくなり、
体脂肪は1桁で、
ついには動けなくなった。


きづくと皮膚は私のものじゃなくなってて、
原型はわからないので、意思はなくなるばかりで、
パニック状態だったんだとおもう
毎日泣いた。


日常のすべてのことがひとりではできなくなった。
鏡をかくした、布団のうえに座ることがせいいっぱいで、
もはや、自分のすきなこと、楽しいことすら
わからなくて、わからなくて。



◆それでも生き抜くためにちょっとでも明るいもの、って、
すきなお笑いを見ようとするけど、漫画を手にとるけど、
内容が全然頭に入ってこなくて、

とにかく毎日、まったく予想のできないことが身体におこるから
(詳しくは口にできないけど)

今日は何事もなく。おねがいします、って祈るだけの
自分しかもう残ってなく。

食べたい!ってものをゆめみれる日はらっきーだった。



◆個性も個人もなくなってしまったわたしは
自分が何者かほんとうにわからなくて。

一言もしゃべらず、もう笑えなくなってて、
姿を見せたくなくて、部屋から出なかった。
というか、歩けなかった。
看病してくれる母とだけ顔をあわせた。



◆世界が終わりそうで、
どんなに頑張っても、まいにち症状はよくなることなく
眠る体力もなくて、夜がとても長くて、
またくり返す、朝がくるのがとても恐怖だった。

悪化の平行線で、あるのかわからない治癒力と
くるのかわからない夢のような完治

私はそれを「いつか。」と耐えるしかなく、
日に日に体力が奪われてくなかで、
「今耐えれば絶対治るよ」ってまわりは言ってくれるけど。


それは一体いつなのか、いつまで、なんで私が

今、この瞬間をやり過ごしても、
また続いていくことが
とてもつらかった。



◆クリスマス、お正月はみんながはっぴーなので、余計つらくて。
「おねがいします。本当に、おねがいします。
どうか助けてください。おねがいします。」って祈るけど、
何にもそのお願いが届いてる気がしなくて、とても
むなしくて希望がなくて悲しかった。
大泣きした


神様なんかこの世におらん、って
とてもおもった、